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ワールドカップをともに戦う<1>

    世の中には決してお金では手に入らないものが必ずある。陳腐だけれど、人の愛だったり、見果てぬ夢とか。2002年5月まで、私にとってのそれは、ワールドカップのチケットだった。なんと即物的な・・・ほんとに。とほほ(敢えて反論は辞す)。
    それは、自分にとっての急務であった。世界におけるわが国サッカー界の現状を把握し、その到達すべき目標の設定と根拠の探求、しかるべき結果の公正なる判断・・・。つまりどうしてもワールドカップを見なければいけないという訳ですね。もちろん、手に入れるための努力は、なんでもやった。友人、知人、親戚、家族、語れる人の名前はすべて借り入れ?応募したし、チケットがあたるとなれば、コーラも飲むし、新聞も取る、保険も入る・・・。
しかしそれにも拘わらず、どうしようもない問題だった。

    ある時一本の電話が携帯に入る。
『今ね、先生といるのよ。アディダスが提携しているデザイナーの先生よ。』
電話の向こうで彼女は続ける。彼女はごく近しい親戚である。
『アディダスは先生のためなら、一肌も二肌も三肌も脱ごうってことらしいのよ。だから、ワールドカップのチケットも手に入るって。』
    我が家がサッカーを好きなことを知っている彼女が、先生の話を聞いて、まずうちを思い出してくれたことに感謝せずにはいられない。 夫はめまぐるしく頭の中でスケジュールを思い描く。夫の声がだんだん興奮で大きくなる。電話の相手は先生に替わった。
『アディダスとも一緒にお仕事していますからね、大丈夫ですよ。どの試合? 日本対ロシア? ではアディダスに言っておきますよ。』
電話口に出てくれた先生の口調は、あくまでも静かで、落ち着きのある低く渋い声。大きなことを成し遂げた人だけが持つオーラが、 溢れてくるようだった。

   しかし話はこれだけでは終らない。日本対ロシアのチケットは2枚しか手に入らないから(手に入ることだけで驚異的だと思うけど)、加えて、決勝戦のチケットを用意してくれると言う。パリコレ(言わずと知れたパリコレクションのこと)の準備で先生はご覧になれないので、そのお席を譲ってくれると。えっ、ええええっーーー。決勝戦!?!
    日本を代表するデザイナーとしてパリコレに出られる(出席じゃあないんだよ、出品なんだよ)先生。日本はもとより世界中にその名を知られ、その斬新にしてシャープ、かつ繊細なデザインで高い評価を得ておられるこの先生こそ、なんと、あのファッション界の大御所、山本耀司先生であった。
    さて、何故このようなことが起こりえるのか?
    考察①たいへんラッキーだった(あたり前だね)。②偉大な山本耀司先生と親しい親戚(やっぱり偉大だ!)がいた。 ③彼女が、私達のことを思い出してくれた。 ④日頃の行いに対して、神様がごほうびをくれた。

    人生って何があるか分らない。毎日きちんと正しく正直に?生きていれば、時にはいいことだってあるっていうことだ。自分の人生は、他人から評価されてその価値が定まるものではない。人は偽れても、自分自身は決して偽れるものではないのだから。外から見たら、なに不自由なく幸せに暮らしているように見えても、抱える悩みやストレスは山ほどある。けれどそれも人生のうち。それらを背負ってでも自分自身に真摯に生きていれば、いいことにだって出会えるという訳だ。だから神は存在する!といったグレアム・グリーンのような考察をここでするつもりはないけれど、とにかくハッピーだった。

TEXT/椎名 まこ
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