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新緑の頃、母をつれて旅にでた(黒川温泉)<3>

    気づくと母は、誰かに手紙を書いていた。
    『息子が黒川温泉に連れて来てくれました。思い切って出てきて良かったです。想像していた以上に素晴らしく、しみじみと幸せを感じています。』
    決して激しくはないが、静かに喜びを表現している母の心を感じて、自分たちの心も熱くなる。     優しいだけの人ではなかった。ばりばりと仕事をこなし、思ったことは、すぐに行動に移さなければ、気が済まなかった。自分が信じたことは、何としてでもやり遂げた。愛する家族を守るために、いささか強引に思えることもやってのけた。その一方で、情に厚く、人の心を大切にした。感謝の気持ちを忘れない人だった。

    いろんなドラマの後だからこそ訪れる静かな時間。彼女は息子と思い出を語り、息子はその時間を大切に心にしまい込む。いつか、別れの日がきても、いつまでも宝物として残るように。そのひと時を惜しむかのように、老いた母を見守る息子の表情はどこまでも優しかった。    

食事の後で、みんなでモノポリをした。さいころを振って、止まったところの土地を買い、そこにホテルを建て、やって来た人から、宿泊費や地代を取る、そんなゲーム。孫がおばあちゃまに、ルールを一生懸命説明する。難しいことは分からんよ・・・と、にこにことさいころをふるおばあちゃま。ゲームは、何故かおばあちゃまの一人勝ち。ルールもよく分かってないのに・・・と、呆然とする孫。
    『昔、おばあちゃまは、土地を買ったり、家を建てたり、たくさんの取引をしてたから、実力が出たんだね・・・。』
    分かったような分からない解説に、素直に孫はうなずく。 
おばあちゃまは、昔はいっぱいお仕事してたんだね・・・。いっぱいの笑顔で、勝った自分に拍手を送る母。のどかな夜の熱きゲームの笑いと歓声は、静かな山の闇の中に吸い込まれていった。

TEXT/椎名 まこ
E-mail : nagi@nagi-web.com

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