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アンデルセン <3>

~デンマークが生んだ詩人・童話作家~

    1833年(28歳)、国王から、遊学助成金をもらい、アンデルセンは、2年間の外国旅行に出発。 フランス、スイス、イタリアなどの国を巡ります。1834年1月、アルコール中毒になっていた母の死。同年8月帰国。 イタリアの印象を小説の形で表現した「即興詩人」を執筆。1835年刊行された「即興詩人」は、大好評を博し、ドイツ語、 スウェーデン語、ロシア語、英語、オランダ語、フランス語、チェコ語に翻訳され、彼の名は、ヨーロッパ中に広く 知られるようになりました。そして同年から、「子どものための童話集」を次々に出版します。 (1843年以降は、「子どものための」を意図的に消し、「童話集」としています。)

    1840年、彼はまた、長い旅に出ます。ドイツ、イタリア、ギリシャ、コンスタンチノープル、 ブルガリア、セルビアとぬけて、オーストリア、ドイツへ戻ってきます(この時代このような旅は命がけでした)。 彼は生涯自分の家を持たず、旅して過ごしたと言える位、旅をしています。そして、そこで見聞きしたことが、彼の 想像力と相まって、生き生きとした旅行記やお話になって、語りかけてくるのです。
    命がけの旅をするその一方で、彼はたいそう神経質で心配性でした。部屋の灯りは消したか、 とか、郵便を出すのに宛名を間違えなかったかなどの過度の心配、旅券に不都合があって、とんでもないことが起こる のではないか、火事の犠牲になりはしないか、死んでないのに死んだと思われることはないか、等たくさんの強迫観念 にとらわれて苦しむことがしばしばでした。

    彼は、下層階級の生まれであるという理由で他のものをさげすむ傲慢な人々に対しては、 侮蔑の言葉を浴びせかけましたが、私生活においては、絶対王政と階級構造を容認し、王侯貴族から受け容れられ、 近づきを許されることに、殊のほか喜びを感じていました。彼はたくさんの王侯から招かれ、たくさんの勲章を授与 されました。
1867年(62歳)には、王室顧問官の称号を受け、1868年にはオーデンセの名誉市民に、1874年には(69歳)、枢密顧問官 の称号を贈られました。 晩年の後援者となったメルキイオーア夫妻が、コペンハーゲン郊外の別荘(ローリヘズ)に老年の彼のための部屋を用意 し、親身に世話をしました。ここで、1875年8月4日11時5分、最後の光が消えたのでした(70歳)。

    世界的物理学者、エアステッドは、アンデルセンの童話を高く評価し、「即興詩人」が、 アンデルセンに名声をもたらすとしたら、おとぎ話はアンデルセンを不滅にするだろう、とまで語っています。最初は、 道徳的な教訓がないとか、口語で話すように書くのは無秩序だとか、非難されたおとぎ話でしたが、最終的に判断した のは子ども達でした。多くの子ども達が、彼のお話を喜んで読み、次第に大人たちも大人なりの読み方をし、アンデル センの世界に魅了されていったのです。

TEXT/椎名 まこ
E-mail : nagi@nagi-web.com

<参考文献>
■アンデルセンー生涯と作品 (小学館)
■旅するアンデルセン (求龍堂グラフィックス)
■アンデルセンシンフォニー (いのちのことば社)
■童話の王様 アンデルセン (平凡社)
■わが生涯の物語 (岩波文庫)

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