

≫星野道夫の世界<2>
〜風景のうしろをみつめた写真家〜
私たちはある風景にひかれ、特別な想いを持ち、時にはその一生すら賭けてしまう。
風景とは、ひとつの山であったり、美しい川の流れであったり、その土地を吹き抜けてゆく風の感触かもしれない。
人間がどれだけ想いを寄せようと、相手はただ無表情にそこに存在するだけなのだが・・・・・
私たちの前で季節がめぐり、時が過ぎてゆくだけなのだが・・・・・。
壮大なアラスカの自然は、結局人間もその秩序の中にいつか帰ってゆくという、
あたり前のことを語りかけてくる。
悲しみを消してはくれないが、それを知ることは、ある力を与えてくれる。
人と人が出合うということは、限りない不思議さを秘めている。
あの時あの人に出合わなかったら、と人生をさかのぼってゆけば、合わせ鏡に映った自分の姿を見るように、
限りなく無数の偶然が続いてゆくだけである。が、その偶然を一笑に付すか、何か意味を見出すかで、
世界は大きく違って見えてくる。・・・
ぼくはそれぞれの人間がたどり着く、たった一度の人生の不思議さを思わずにはいられなかった。
人はいつも無意識のうちに、自分の心を通して風景を見ている。
オーロラの不思議な光が語りかけてくるものは、それを見つめる者の、内なる心の風景の中にあるのだろう。
ひとりの人間の一生の記憶の中で、光を放ち続ける風景とは、一体何なのだろう。
忘れ難い思い出がうそのように遠く去り、何でもない一瞬がいつまでも記憶の中で生き続けることが、きっとある。
アラスカを旅しながら、さまざまな人に出合い、それぞれの物語に触れるたび、
ぼくの中のアラスカは塗りかえられていった。それは、とても一言でくくることのできない現実の多層性というものである。・・・
幸福を模索するひとりの人間の一生が、1本のレールの上をできるかぎり速く走ることではないように、民族や人間の行方もまた、
さまざまな嵐と出合いながら舵をとっていく終わりのない航海のようなものではないだろうか。
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<参考文献> (引用・写真とも)
■風のような物語 (小学館)
■森と氷河と鯨 (世界文化社)
■ノーザンライツ (新潮社)
■旅をする木 (文藝春秋)
■GOMBE (メディアファクトリー)
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