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「にんげん」に優しくなれる瞬間(第2回)

[老人への思い]

   ある老人が介護保険施設に入所することになりました。その時、施設入所という生活環境の変化の中でたくさんの失われるものがありました.たとえば、

@ 長年連れ添った妻や夫と離れ離れになります。
A 暖かい家族と別れることになります。
B 親しい友人や知人ともなかなか会えなくなります。
C 住み慣れた家や地域から離れなければなりません。
D 自宅でしていた趣味ができなくなることがあります。
E 気ままな時間が持てなくなります。
F 食事の時間が決められてしまいます。

   まだまだたくさんの失われるものがあると思います。このことを専門用語では、環境の変化による「対象の喪失」といいます。これはあたかも、誰も知らない人ばかりの、そして何もわからない外国へ、一人で放り出されたようなものといっしょのことだと思います。大きく深い孤独感に苛まれることでしょう。それは大きなショックであり、深い悲しみでもあります。
   年齢を重ねるということは、ただそれだけで失うものがたくさんあります。それに「加齢による喪失」という、誰もが避けられないものも加わります。

@ 身体的な喪失―機能の低下
A 経済的な喪失―収入の不安
B 社会的な喪失―身分や地位

   これらは、施設に入所して失われるものとあいまって「人生の危機」となり、老人に圧しかかってくるのです。たとえば施設での生活を余儀なくされてしまった老人が往々にして生気がないのは、このこと起因する場合が多いようです。
   しかしながら施設では、楽しい雰囲気作りを演出しています。老人に楽しんでもらおうと、いろんな行事を企画し実施しています。でも老人は、「悲しみや不安」をいっぱい抱えて生活しているのです。そうであっても周りには近しい人が誰もいないので、その「悲しみや不安」を十分に表出できないでいます。「悲しみや不安」を受け取ってくれる人を探しているのではないでしょうか。「悲しむこと」の重要性や必要性を認識し、いたずらに楽しい雰囲気を作り出すことばかりを考えるだけでは不十分だと思います。もう少しいうならば、「悲しみや不安」を表出できる場面を提供するだけで、逆に精神的な安定が導き出されることがよくあるということなのです.楽しいときには楽しく、悲しいときには悲しく、そういった感情は自然のものです.そういった感情を何時も圧し堪えていては、精神衛生上良いわけがありません。そういった感情を素直に出せるのが本来の人の姿なのですから。それを受け取るのが支援を必要とするようになった老人を援助する私たちの基本的な心構えなのです。
   余談ですが、介護保険法の施行後、私たちの仕事である「福祉の仕事」が広く世間に「仕事」として認識されました。これは社会的認識が高まったということにおいては、とても喜ばしいことなのです。
つい最近までは福祉の仕事は「奉仕の精神」「ボランティア」的認識にとどまっており、福祉の仕事を飯の種にしては「福祉の精神」に反するとされていました。
   生産者はモノを売って消費者はそれを購入します。それによって生活が便利になります。その便利さゆえにお金を払います。つまり、便利さとお金が同価値として交換されるわけです。
しかし福祉の分野では、はっきりとした同価値による交換という目安の判断がとても難しい分野です。よってそれが誤解や錯覚を生んでしまい、双方の不満となって現れてしまうこともあります。だから結局はそれが精神論となって、今までは「奉仕の精神」とか「福祉の精神」として、双方それを美化することによって問題解決がなされてきていたようです。
   でも介護保険以降、そういった様々な問題が解決の方向へ向かっているのは間違いありません。 加えて、ここ数年来「権利としての社会福祉」が法的に具現化されてもきています。それを行う側もそれを受ける側もその意図をしっかり考え、精神的な奢りや、社会的弱者などといった意識を捨てて、相手の立場や置かれている状況を思いやり、損得なしで、その幸せを願うといった意味での精神論は必要かと思います。しかし、上述したような精神論では、いつまでたっても科学的な福祉理論の発展はありえないことです。
   「福祉の仕事」はその性質上、歩合的で割合的な判断ではできないことがたくさんあります。福祉の仕事は「人間」を相手にする仕事ですので、量的にも質的にも相手のことを思いやってすることであるならば、しすぎるということはないといいきれる不思議な仕事だと思っています。

Yamamoto福祉介護研究会
代表 山本亮一
 この福祉のコーナーへのご意見、ご感想、山本亮一さんへのお便りも、編集部あていただければ幸いです。

(編集長 堀川貴子 記)
E-mail : nagi@nagi-web.com

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