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インタビュー/特集


≫インタビュー(3)
   久留米市立日吉小学校[教諭]後藤幸子さん

プロフィール/後藤幸子

    日吉小学校の玄関前。"ようこそ、日吉小学校へ"そう書かれた大きな紙に折り紙の花が咲き、 蝶が舞う。2月には、雛人形に変わり、12月には、クリスマスツリーに変わる。忙しい合間をぬって、彼女が作った作品 である。思わず足をとめる。気持ちがふっとなごむ。
    3月16日は、卒業式。無事に6年生を送り出した。いろいろな子がいて、いろんな苦労があっ た。けれど、いつも思うことは、何があっても決して逃げずに、真正面から取り組んできたこと・・・。
    少し遠いまなざしで、彼女は回想する。
    もう20年位前のこと、あと何日かで運動会、そんな日に転入してきた5年生のMくん。やって来 たその日に、クラスメートから何か言われて、もう切れてしまった。暴言を吐くやら、給食をひっくり返すやらの大暴れ。自分の知っていること、分かることには興味を示すけれど、ひとたび気に入らないことがあると、机を投げ、椅子を投げ、手がつけられない。どうしたらいいものか・・・。
    そんなある日、彼が学校から何故か帰ろうとしない。理由を訊くと、いつもは出張で不在の父 親が、出張から帰ってくる日だと言う。Mくんに"誰にも見せないから"という条件付きで、父親の絵を書いてもらうと、 その絵はまさしく、"鬼"であった。つのはある、牙はある、目は、つりあがっている・・・。そこで、何度も父親と話し 合いを持とうとするが、会社の偉い役職の、権威主義を振りかざす彼の父親は、教育のことは全て妻に任せているから、 と、決して応じようとしない。そんな事情も分かってきてMくんを見ると、Mくんの気持ちが分からない訳でもない。小さ い頃はよそへ預けられ、親との心の交流とてないMくんの気持ちになって接すると、初めてMくんは、心を開いてくれた。
    "先生は、どうしてそんなに俺の気持ちが分かると?"
    彼女は、Mくんが心を開いた最初の人だった。やっと落ち着いてきた半年後、彼はまた、父親 の仕事の都合で転校して行った。
    数年後、一本の電話がなった。Mくんだった。高校入試で久留米に来たから先生に会いたい、 と。あんなに心悩ませ、苦労した子だったけれど、そんな彼の声に、全ての苦労が解け去っていくのを感じた。一生懸命 に取り組んで良かった・・・。
    クラスの担任をしている時には、保護者向けの学級通信を欠かした日はない。毎日必ず、その 日のできごとや、子どもの様子を、また子どもの意見なども載せた。その数は、1年間に1000枚にも及ぶ。そうすること で、子どもの学校での生活や成長を、あるいは、教師としての自分の気持ちを、保護者に伝えてきた。保護者の話にも、 しっかり耳を傾けた。そうやって培った信頼関係は、泡沫のものではない。巣立っていった子ども達との交流のみなら ず、その保護者達との交流も、連連と続いている。
    一緒に悩み、喜び、ある時は怒り、ある時は泣き、そうやって子ども達と共に過ごした教師生 活は34年になる。子どもの悩みは、彼女の悩みであり、子どもの喜びは、彼女の喜びでもある。彼女に育てられた子ども達 が成長して、新しい子供たちを育てる。共に学んだ時間は、子ども達の心の中で、見えないが確かな財産になって、受け 継がれていく。
    ストレスのせいか、甘いものをつい食べすぎちゃって・・・コレステロール値が高いとドクタ ーから警告(?)を受ける身。医者から同じことを言われるにしても、優しく言われるほうがいい。だから、教師も・・ ・。彼女はにこにこと笑いながら、砂糖を入れないコーヒーを飲んだ。


インタビュー/堀川 貴子
E-mail : nagi@nagi-web.com



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